『 冬がくる前に ― (1) ― 』

 

 

 

    カサコソ  カサコソ  −−−−

 

足の下からはずうっと 小さな音が聞こえてきている。

靴を通しても 地面がなにかとても柔らかいもので

覆われていることがわかる。

 

「 ・・・ ?  ああ 落ち葉 ・・・ 」

 

フランソワーズは 少し歩みを止め足元を眺めていたが

思わず 声を出してしまった。

足元には ― いや 歩んできた道はこの先もくすんだ色彩で

塗りつぶされている。

 

「 落ち葉が。 昨日の雨で地面に張り付いているのね 」

「 ・・・・・ 」

 

彼女は傍らにいる女性に 語りかけたが 彼女はなにも言わない。

ちゃんと視線を同じ方に向けているので 無関心ではないらしいし

機嫌を悪くしているわけでもない ・・・ ようだ。

濃い色の髪が 顔に乱れかかり顔色をなおさら冴えなくしている。

フランソワーズは どうしても彼女の顔色を窺ってしまう。

 

 

       すっきり結っている方がチャーミングなのに・・・

       出会った時は はつらつとしていたわ

 

       ― ねえ 笑って?

 

 

彼女はつとめて明るい声色で話かける。

「 落ち葉って  地味だけど色彩豊かね・・・

 わたしの生まれ育った街では こんなにいろいろな色の落ち葉はないの。

 それにすぐに寒くなるから ― 秋の終わりってステキ・・・

 こんなに素敵な季節、全然 知らなかったわ。 」

「 ・・・そう ・・・? 

「 ねえ とってもきれい!   わあ ・・・

 ほら 今朝はちょっと霧も出て あ 山の方にまだ残ってる

 ・・・ ステキだわ〜〜 

「 ・・・ ステキ ? 」

「 そうよぉ〜〜   霧ってロマンチックだわ

 ほら 美形の吸血鬼とか 出てきそうじゃない? 」

 

     ふ ・・・っ     とうとうブルネットの彼女は破顔した。

 

「 アナタって ― 本当にカワイイ方・・・ フランソワーズさん 」

「 え ・・・ そう? 

 ジョーったらねえ コドモっぽいって笑うのよ 」

「 いいじゃない?  カワイイわ ・・・ ホントに 」

「 笑顔になったわね 安奈さん 

「 ・・・ 」

 

   きゅ。  白い手が 安奈の手を握った。

 

「 ウチの辺りって ― すごい田舎だけど 自然がすてきでしょ?

 邸があるのは海の側だけど ほら・・ こっち側には山だし。 」

「 ・・・ そう ね 」

「 安奈さんは どんな所で暮らしていらっしゃるの? 」

「 私は 今はハワイの家と東京のマンションを 行ったり来たり。

 父母はほとんどハワイで暮らしていますけれど。

 物ごころつく前、まだ赤ん坊の頃に 

 施設から栗島の父母に引き取られたから ・・・ 」

「 そうなの? 」

「 私ね ― 養女だってこと、高校生になるまで知らなかった 」

「 ・・・ そう ・・・ 」

「 栗島の父はハワイ育ちのハーフの日系人だし 母はアメリカ人・・・

 だから この容姿について疑問ももたなかったのよ 」

「  そう ・・・ ご両親は愛してくださったのね 」

「 ええ とても。 とても大事に育ててくれたの。

 赤ちゃんの頃からの写真もいっぱいあったし ・・・

 ・・・ だから 真実を知った時 物凄く悲しかった ・・・ 

「 ステキなご両親なのね。   愛してる? 」

「 もちろん。  だから  ・・・ 悲しいの ・・・

 そんな時に あの手紙が  来て ・・・ 」

「 いいのよ  言わなくても 」

「 ・・・・ 」

 

    きゅ。  きゅうう〜〜  

 

握った手は 今度は強く握り返された。

 

「 ― ね? 海岸の方に出てみない? 絶景ポイントがあるの 」

「 ご案内してくださいな 」

「 こっちよ!  本当の冬が来る前にお見せしたいの 」

「 ・・・ 本当の冬 ・・・ 

「 ええ。  厳しいけれど 優しい季節 よ 

 この辺り、冬には 空も海も真っ青に染まるわ 

「 空も 海も ・・・? 

 本当の冬 は なにもかも凍てつかせたりはしないのね 」

「 氷った海原の下って 案外温かいんですって  」

「 海が ・・・ みたいわ 」

「 行きましょ?  こっちよ 

 

金髪とブルネットの娘たちは 手を取りあって坂を

降りていった。

 

 

 

 

世界を襲った異常気象の冬に  その娘はギルモア邸にやってきた。

世界中が凍てつき始め 連日凍死や餓死の事件がニュースで伝えられ

人々は恐れ慄き 自分の巣に引きこもった。

 

この国でも深刻な状況になり始め 比較的温暖なこの地域でも

陰鬱な空模様が続いていた。

 

「 ― 誰か 来るわ。 」

 

リビングで突然 003が声を上げた。

「 誰か って 誰だい 」

009は 読んでいた雑誌から顔を上げる。

「 わからない。  でも高級車だわ ・・・

 あ 女性? 若い女性が運転している ・・・  ミンクのコート ! 」

「 へ?? なんでそんなヒトがここに来るのかなあ 」

「 ・・・ 思いつめた表情よ  とても とても ・・

 ジョー  門のセキュリティを解除してあげて 」

「 ― 武器は ないね? 

「 ・・・ ええ。 若い女性 ・・・欧米系の容姿ね

 ああ キレイな方 ・・・ 」

「 ロック解除したよ。 」

 

     ぴんぽ〜〜〜ん ・・・

 

ジョーの言葉とほとんど同時に 訪問のチャイムが鳴った。

「 でるわ。 いい? 」

「 ああ。 ばっちり後ろで待機してるから 」

「  ― ありがとう。    はい どなたですか 」

フランソワーズは 強いて明るい声で答え玄関に急いだ。

 

   「 突然 失礼いたします。 

     私 栗島安奈と申しますが ドクター・ギルモアは

     ご在宅でしょうか  」

 

流暢な、いや ごく自然の普通の日本人女性の声が聞こえる。

「 ミズ・クリシマ?  少々お待ちください 」

インターフォンを切って 彼女は振り返る。

「 ジョー。 博士にお伝えして ・・・

 わたしは 彼女を応接間に通すわ 」

「 大丈夫かい 」

「 ええ。 普通の ごく普通の若い女性よ。

 武器は・・・護身用も含めて なにももっていないわ 

「 そうか ・・・ 気をつけて 

「 ええ    どうぞ〜〜 」

彼女は明るい声を送り 玄関のドアを開けた。

 

   初めまして ・・・ あのう 私 栗島安奈と申します。

 

ドアの前で ブルネットの女性がとても丁寧に頭を下げた。

「 ミズ・クリシマ  どうぞ お入りくださいな 」

「 あのう ・・・ ドクター・ギルモア は 」

「 今 呼びに行っています。 どうぞ?

 この寒さで 大変でしたでしょう? 」

「 ・・・ 」

安奈嬢は ためらいがちに玄関に入ってきた。

豪奢な ・・・ 年齢には似合わない毛皮のコートを羽織っている。

「 ・・・ まあ 温かそうですね 」

「 ・・・ このコート ・・・ 母の若い頃のものなんですって。

 外出する と言ったら無理矢理着せられました ・・・ 」

「 凍えるといけないから  お母様のご愛情ね 」

「 もう心配性で ・・・ 母が自分で送ってゆく、と

 きかなかったのですが 父が止めてくれました。 

「 お父様が? 」

「 はい。   父は お前自身で確かめておいで って  

「 ― 確かめる ・・・? 

「 はい。 」

 

「 それは ワシの務めだ。 」

 

「 博士?? 」

いつのまにか応接間のドアの前に ギルモア博士が立っていた。

「 博士  ・・・ あの 御客さまです。 

 ミズ・クリシマ とおっしゃっています 」

「 ・・・ ようこそ ミズ 」

博士は ゆっくりとこの若い訪問者に近づいてきて

大きな手を差し伸べた。

 

      あら。

      やっぱり博士はご存知なのかしら

 

      ・・・ この方 ・・・

      誰かに似た雰囲気なのよねえ

 

      う〜〜ん  ・・・?

 

フランソワーズは静かに見守っていたが 観察眼はくもらせることはない。

栗島嬢は おずおずと握手に応じた。

「 ・・・ あのう  栗島安奈 といいます。

 ギルモア博士 でいらっしゃいますか 」

「 いかにも。  さあ どうぞおかけなさい。

 外は寒かったでしょう? 」

「 はい ・・・ ありがとうございます。 」

「 あ ごめんなさい!  お寒かったですよね

 今 熱いお茶をお持ちしますね ! 」

フランソワーズは 慌てて風にしてさり気なく席を外した。

 

 

   カチャ カチャ  −−−

 

意識して茶器の音をたてつつ 応接間にティー・セットのワゴンを

おしてゆく。

「 フラン。  あの御客さん さ? 」

「 ええ  博士はどうもご存知のようね 」

「 二人きりにして ― 大丈夫かなあ 」

「 普通のお嬢さんよ? それも かなりのお家の・・・

 服やら身につけているものは趣味のいい高級品ばかり。

 話し方や言葉使いも  ちゃんとしたお家のお嬢さんのようよ 

「 へ え ・・  そんなヒトがどうして?

 それも博士に会いにきたいのかな 」

「 さあ ・・・ 」

「 それで ― ? 」

ジョーは 言葉を切って応接間のドアを指さした。

「 ううん。  プライベートな御客さまでしょう? 

 < 聴く > のは失礼だわ 」

「 ・・・ ああ まあ そうだけど  さ 

 これから お茶? 」

「 そうなの。  アップル・シード・ケーキ、焼いてあるから 」

「 あ〜〜〜〜  ぼくも食べたいなあ 」

「 ちゃんと取ってありますってば。  ― 失礼します 」

 

   コンコンコン    大きくドアをノックした。

 

「 ―  ああ フランソワーズ。  ジョーにも入ってもらってくれ 

博士が ドアの向こうから声をかけてくれた。

「 ですって。 どうぞ 」

「 えへ・・・ 聞こえたかなあ  あ ぼくがワゴン 押すよ 」

「 ありがと。  あ ポット、熱いから気をつけてね 

「 了解〜〜  失礼しまあす 」

 

ほどよく暖房の利いた部屋で 和やかなはず ― のティー・タイムなのだが。

ブルネットの娘は 腫れぼったい眼を気にしていた。

 

「 どうぞ 熱いお茶を ・・・ 」

ジョーはワゴンを押し、フランソワーズはテーブルをセットし始めた。

「 おお ありがとうよ   ミズ・クリシマ?

 こちらは ジョー・シマムラ。 ワシが後見している若者です。

 フランソワーズと彼が 今のワシの家族ですよ 

「 はじめまして ・・・ 」

博士は明朗に二人を紹介し 栗島嬢も淡い笑みを浮かべた。

「 このお嬢さんから重大な情報を提供してもらったよ 」

「 重大な情報?  あ それってこの異常気象の件について ですか 」

さすがに ジョーはすぐに反応した。 

「 うむ。 そもそもの原因を突き止めんとな。

 非常に興味深い位置情報を提供してくださったのじゃ。

 とにかく このままでは ― 世界は凍壊死してしまう 」

「 あの! こちらの皆さんにもお話してください。

 その情報を私に送ってきたのは < オマエの母 > だと・・・ 」

栗島嬢は 表情を歪めていたが 泣いてはいない。

「 もしかしたら  私の本当の母が ・・・ 」

「 今は  なにもわからないわ。 

 博士。 皆を拾って その問題の場所へ調査に行きましょう。

 ジョー  ドルフィン号の準備して 

「 あ〜 え・・・っと。  博士? 」

ジョーは 援けを求める視線を博士に送った。

 

      博士〜〜〜〜

      フランを止められるのは 

      博士だけですよぉ〜〜〜

 

 

日常生活とは無縁の、所謂彼らのミッションに関する場合、

003は < 言い出したらきかない > 。

初っ端から突っ走る彼女に ジョー達は多少辟易しつつ追い掛けてゆくのだが

 ― やがて 彼女の初期判断の正確さ・的確さに舌を巻く。

「 う〜〜ん  やっぱりきみが正しかったね〜〜 すごいな〜〜 」

「 え?? なんのこと 」

「 ・・・だからさ 最初の判断が 」

「 あら そうだったかしら?  忘れちゃったわぁ〜〜

 さあ 帰りましょう!  ウチの花壇が心配よ 」

「 あ ・・・ ああ  うん 」

< 帰り > も 先頭で突っ走ってゆく彼女を ジョーはあたふた・・・

追い掛けるのだ。

 

       ふう ・・・

       ま これも彼女の才能 なのかなあ 

 

       しっかし この直感はスゴイよぉ

 

ミッションの度に ジョーはいつもいつもため息吐息 なのであるが。

今回はあまりに唐突なので 博士に期待? をかけたのだが。

 

「 ― うむ。  実はな ドルフィンの整備は完了しておる。

 発動はいつでも可能じゃ 」

「 え ・・・ 」

「 まあ さすが博士!  あ わたし 皆に連絡しますね 」

「 たのむよ。  ああ このお嬢さんをご自宅にお送りしておくれ。」

「 はい ぼくが引き受けます。 さあ お嬢さん? 」

 

   「  いいえ。 ご一緒させてください  」

 

今まで口を閉ざしていた栗島嬢は 敢然として言い放った。

「 え ・・・ あのう ぼく達はこれから そのう・・・・

 とても危険な旅にでるので ・・」

「 そうなんです。  きっと貴女が持ってきてくださった情報の

 おかげでしょうけれど ・・・ 若い女性には無理です 」

栗島嬢は 二人の発言者に真正面から向き合った。

「 ミスタ・シマムラ。 危険は承知の上 です 」

「 フランソワーズさん。  決して足手纏いにはなりません。

 私が原因となれば どうぞ 見捨ててくださって結構ですわ 」

 

「「 ・・・ え ・・・ っと 」」

博士は 思わず顔を見合わせ 絶句してる二人の肩に両手を預けた。

「 では ― 一緒に出発じゃ。 」

「「 !!?? 」」

「 ジョー  いや 009。 ドルフィン号を稼働させよ。

 003、全員に連絡を。 」

「「 はい 」」

二人はすぐに切り替え ― 応接間の雰囲気は一変した。

 ジョーは 会釈をすると す・・・っと出てゆく。

フランソワーズも手早く テーブルの上を片づけ始めた。

「 ― お手伝いします 

ごく自然に 栗島嬢は手を貸してくれた。

「 あ ありがとう ・・・ 」

博士はそんな二人を眺めていたが ― ゆっくりと頷いた。

「 ― それでは ・・・ フランソワ―ズ、 お嬢さんに

 防寒服を用意してくれ 」

「 はい。 防護服レベルのものを・・・ 」

「 うむ 」

「  あの。  < お嬢さん > ではなく 安奈 と呼んでください 」

「 アンナ さん?  」

「 アンナ で結構です。 掃除くらい できます! 」

「 まあ よろしくね。   もうねえ ムサいオトコ所帯で・・・

 大変なの〜〜  汚くて ・・・ 笑わないでね? 

「 いいえ 笑ったりしません。

 あの・・・ 私 ずっと一人娘で育ってきたので

 姉妹って憧れなんです。  あのう ・・・  」

「 まあ 嬉しいわ。 周りはオトコばっかりで ―

 そりゃ皆、気のいいヤツらなんだけど。

 でもね〜〜 やっぱり女子トークとか したいのね 

「 そうですよね! 」

「 厳しい旅になると思うけど ― こっそりお茶、しましょうね 」

「 はい♪ 」

娘たちが二人 クスクス ひそひそ ・・・ くっつき合っているのを

博士は モニター越しににこにこ眺めていた。

 

  ―  数時間後 ドルフィン号は潜航したままひっそりと

  ギルモア邸を離れていった。

 

 

 

      ゴーーーーーー ーーーーー

 

低いエンジン音と微かな揺れが続いている。

ドルフィン号は 指針を極北に取り雪混じりの風の中を驀進している。

 

障害物も少ない地域でもあり、自動操縦に切り替え

パイロットを務める 002 と 009 は休憩に入った。

コクピットに残るは 003 008 博士、 そして アンナで

彼らを取り巻く空気も少し リラックスしてきた。

 

「 アイヤ〜〜〜 皆はん お茶アルね〜〜〜 

 まずは腹ごしらえから やで! 」

丸まっちい料理人が 熱々のお茶と点心をいくつか運んできた。

「 あらあ〜〜 嬉しい!  

 あ これ 桃饅ね?  きゃ  大好き♪ 」

「 へえ ・・・ 僕はこの胡麻クッキーだな 」

ピュンマも笑顔で手を伸ばす。

「 アンナさんも どうぞ? 」

「 いいのですか? 」

「 嬢や〜 たんと食べな あかん。  ええな? 

「 はい。 私も胡麻クッキー 頂きます 」

「 ほっほ〜〜 うれしなあ〜  

 ギルモア先生、 お好きな月餅でっせ〜 」

「 おお ありがとう。 これはいい・・・ 」

美味しそうな香りで コクピットは <いつものリビング> に

変わり だれもが表情を緩めている。

「 ふふふ  食べ物の効果ってすごいわね 」

「 そうですね  美味しい♪ 」

「 ね! 僕もさあ この胡麻クッキー 大好物なんだ 」

「 胡麻ってスゴイですよねえ 」

「 ウン。 僕の国でもね、栽培を進めているんだ 」

「 お国はどちらですか 」

「 あ〜〜 アフリカのさ    あ 地図でみせるよ 」

「 え どこ?  私 ケープタウンには行ったことがあります 」

「 へえ〜〜 若いお嬢さんがすごいなあ〜〜

 あ   ほら ここ 」

「 え ・・・ あらなんだか涼しそう? 」

「 あは かなりの高地なんだ 

「 まぁ そうなんですか  避暑地みたい 」

「 こういう気候の所で 胡麻とか栽培しているんだ 

ピュンマとアンナは肩を並べてモニターを覗き 笑い合う。

 

       ふうん・・・

       なんかいい雰囲気じゃない ?

       ピュンマと気が合う ってすごいわあ

       アンナさん ― 物凄くアタマがいいヒト

 

フランソワーズは ジャスミン・ティの湯気の間から

のんびり二人を眺めている。

 

「 あ〜〜 いい匂いする〜〜 」

 

ジョーが ふらり、とコクピットに入ってきた。

「 あらあ〜 絶妙のタイミングでお目覚めねえ〜〜 」

「 へへへ  ・・・ 腹がへっては〜〜 さ。

  あ 肉饅 頂き〜〜〜 」

彼は 長い指でひょい、と肉饅を摘み上げる。

「 ほっほ〜〜 ジョーはん まだありまっせ〜〜〜

 ん?  アメリカン・ボーイはどないしてん? 」

「 が〜が〜寝てる。 

 休憩に入った途端に ずっとゲームやってたけど限界だったみたいでさ

 寝落ちした。 」

「 は〜〜ん ・・・ ま ドーナッツでん、用意しときまっさ 」

「 あ ・・・ ぼくも食べたいなあ〜 」

「 ジョーってば 食べ過ぎよ 」

「 え そうかなあ  あ アンナさん、顔色 よくなったね 」

「 ( ジョー ! ) 」

フランソワーズの肘テツが 彼を突いた。

「 ( 痛 !  なんだよ〜〜  ) 」

「 ( ジャマしちゃ ダメでしょ ) 」

「 ( は?  ・・・ あ〜〜〜 こりゃ オジャマしました ) 」

二人で目線の会話を交わし ジョーはコンソール盤の側に退散した。

 

「 アルベルトは? 」

「 もうすぐ起きてくるでしょ。 時間厳守 だから 」

「 あ〜 そうだねえ  彼の行動は アラーム代わり だよね 」

「 ふふふ  ジェットには理解不能らしいわよ 」

「 ぼくも さ ・・・ 」

「 ああ 外はずっと吹雪なんですね  大丈夫なんですか 」

アンナがパイロット席まで やってきた。 大きな窓から前方を眺めている。

「 うん?  ああ この程度なら全然平気なんだ。

 ドルフィン号自体が 高性能のAIだからね 」

「 まあ すごい ・・・ 」

「 この船は ・・・ まあ いろいろやらなくちゃならないから 」

「 え これ・・・船 なんですか? 」

「 あ〜〜 水陸空オール・マイティ かなあ 」

「 へえ すごい 」

「 ― いろいろなコトをしないで済めば 最良なんだけど さ。 」

「 そう ・・・ ですね ・・・

 でも ― 私の < 母 > と名乗るヒトが元凶なのかも・・・ 」

「 それは ― まだわからないでしょう? 」

「 そうだよ。 それを調査するために これから北へ行くんだ 」

「  ・・・ そうです ね 」

アンナは物憂げな様子で じっと白い闇を見つめている。

「 あ ・・・ 寒くない? 室温、上げましょうか? 」

彼女の冴えない顔色をフランソワーズは ずっときにかけていた。

「 あ いえ。 大丈夫です。 あの この服、とても温かいです。

 うすい素材なのにすごい ・・・ 」

アンナは 借り着のパンツ・スーツを触ったり引っ張ったしている。

「 ふふふ すごいでしょう?  わたし達のこの派手〜〜な服と

 似た素材なの。 」

「 そうなですか  凄いですねえ 」

「 でもね  貴女のお母様が選んでくださったお洋服と

 毛皮のコートが一番 お似合いよ 」

「 え ・・・ あ  はい  ・・・ そうですか 

 ウレシイです 」

「 優しいお母様なのね 」

「 はい。 父も母も ・・・ なんかもう恥ずかしいくらい・・・

 小さい頃から そう 溺愛っていうんですか? 」

「 ステキね 」

「 でもね 厳しいところもあって  ― 門限を破ったら本気で怒られて

 ・・・ 本当に怖かったし。

 だから 実の父母だって疑ったこともなかったんです 」

「 ・・・ そう ・・・ 」

「 それが。  ハイ・スクールに入ったときに

 アンナももう大人なんだから 知る権利がある って ― 」

「 ショックだったでしょう ・・・? 」

「 初めは信じられませんでした ・・・

  でも 本当だった ― 3日間 泣き通しました 」

「 それでも あなたは立ち直ったのね 」

フランソワーズは そっと彼女を抱きしめた。

涙が お互いの服を濡らしている。

「 ・・・ はい ・・・ 」

「 それはきっと ご両親の愛のおかげ、でしょう? 」

「 はい。 」

顔を上げたとき、アンナは淡いけれど微笑んでいた。 

「 ― 養女だって知らされた後も 父母は変わりなく愛してくれましたし

 栗島家の一人娘として大事にされています ・・・

 本当に栗島の父母には ― 感謝とか尊敬とか を超えて

 愛しているんです。 私のパパとママだって胸を張っていえます。 」

「 そう ・・・あなた とても素敵だわ 」

「 ・・・ でも ・・・ 気になってて  

 私の本当の親は ―  本当の親は 誰 ・・・? 」

彼女のコトバは途切れ勝ちだ。

 

      ・・・・ ああ そうか ・・・

      うん そうだよね ―

 

      いつもどこかで 気になっているんだ

 

      自分は 本当は誰なんだ って 

 

ジョーは 彼女の様子が気になって仕方がない。

二人の会話に入ってはいけない、と思うのだが離れることができないのだ。

彼は ゆっくりと彼女らの側に行った。

「 だから。  あの手紙が来た時に ・・・ 」

「 博士を訪ねていらしたのね ? 」

「 ― はい・・・ 」

「 アンナさん。 君の行動は当然のことだと思う。

 君は ― 勇気もあるんだね 」

「 え?  ・・・ えっと・・・ ジョーさん? 」

「 ジョー でいいよ。  ぼくも施設育ちさ。

 でも ― 実の親を探して 真実を知る勇気は ― ないんだ 」

「 ・・・ それでいいと思います。 」

「 アンナさん 」

「 皆 事情が違うと思います。  正しいとか正しくない とかじゃなくて 」

「 アンナさん。 貴女は本当に素晴らしい方ですね 」

「 いえいえ・・・  父母がそう育ててくれたから ・・・ 

 そんな大切な両親がいるのに  −  本当の親を知りたい なんて

 ・・・ 最低ですよね 私。 」

 

「 そんなことはないよ アンナさん 」

 

博士がゆっくりと口を挟んだ。

「  え ― 」

「 貴女と会って 顔を見て すぐにわかった ― 

 お持ちになったメモを見て 確信した。

 貴女の母上は ジュリア・マノーダ博士 ですじゃ。 」

 

   ・・・ その場にいた全員が 息を呑み沈黙した。 

 

「 ― あの。  おかあさん ・・・   母は 綺麗なヒト でした? 」

固まった空気を 打ち破るみたいに アンナの細い声が訊く。

「 ああ・・・ 優秀で素晴らしく美しい女性だったよ ・・・ 」

「 そう なんですか   あの ・・・ いつ母と? 

「 ・・・ それは ・・・ 大学で な。

 同じゼミから修士に進んだので ・・・ 」

「 そうですか ・・・ 」

「 とてもとても優秀な女性じゃったなあ   卒業後は帰国なさったらしい。

 その後 ―   ある組織で再会した ・・・ 」

「 ジュリア ・ マノーダ ・・・ 」

アンナは 初めて聞く、その名前を繰り返している。

 

     ある組織 ???

 

     それって ―  BG ・・・ !

 

サイボーグ達は 顔を強張らせ口を閉ざす。

 

      ゴ  −−−−−−−−−  

 

ドルフィン号は 極北の地を目指し ひたすら吹雪の中を進んでゆく。

 

Last updated : 12.06.2022.            index      /     next

 

*********  途中ですが

原作 あのお話 の ハッピーエンド版 です。

・・・ だってあのお話 救いがなさすぎません?