『 冬がくる前に ― (1) ― 』
カサコソ カサコソ −−−−
足の下からはずうっと 小さな音が聞こえてきている。
靴を通しても 地面がなにかとても柔らかいもので
覆われていることがわかる。
「 ・・・ ? ああ 落ち葉 ・・・ 」
フランソワーズは 少し歩みを止め足元を眺めていたが
思わず 声を出してしまった。
足元には ― いや 歩んできた道はこの先もくすんだ色彩で
塗りつぶされている。
「 落ち葉が。 昨日の雨で地面に張り付いているのね 」
「 ・・・・・ 」
彼女は傍らにいる女性に 語りかけたが 彼女はなにも言わない。
ちゃんと視線を同じ方に向けているので 無関心ではないらしいし
機嫌を悪くしているわけでもない ・・・ ようだ。
濃い色の髪が 顔に乱れかかり顔色をなおさら冴えなくしている。
フランソワーズは どうしても彼女の顔色を窺ってしまう。
すっきり結っている方がチャーミングなのに・・・
出会った時は はつらつとしていたわ
― ねえ 笑って?
彼女はつとめて明るい声色で話かける。
「 落ち葉って 地味だけど色彩豊かね・・・
わたしの生まれ育った街では こんなにいろいろな色の落ち葉はないの。
それにすぐに寒くなるから ― 秋の終わりってステキ・・・
こんなに素敵な季節、全然 知らなかったわ。 」
「 ・・・そう ・・・? 」
「 ねえ とってもきれい! わあ ・・・
ほら 今朝はちょっと霧も出て あ 山の方にまだ残ってる
・・・ ステキだわ〜〜 」
「 ・・・ ステキ ? 」
「 そうよぉ〜〜 霧ってロマンチックだわ
ほら 美形の吸血鬼とか 出てきそうじゃない? 」
ふ ・・・っ とうとうブルネットの彼女は破顔した。
「 アナタって ― 本当にカワイイ方・・・ フランソワーズさん 」
「 え ・・・ そう?
ジョーったらねえ コドモっぽいって笑うのよ 」
「 いいじゃない? カワイイわ ・・・ ホントに 」
「 笑顔になったわね 安奈さん 」
「 ・・・ 」
きゅ。 白い手が 安奈の手を握った。
「 ウチの辺りって ― すごい田舎だけど 自然がすてきでしょ?
邸があるのは海の側だけど ほら・・ こっち側には山だし。 」
「 ・・・ そう ね 」
「 安奈さんは どんな所で暮らしていらっしゃるの? 」
「 私は 今はハワイの家と東京のマンションを 行ったり来たり。
父母はほとんどハワイで暮らしていますけれど。
物ごころつく前、まだ赤ん坊の頃に
施設から栗島の父母に引き取られたから ・・・ 」
「 そうなの? 」
「 私ね ― 養女だってこと、高校生になるまで知らなかった 」
「 ・・・ そう ・・・ 」
「 栗島の父はハワイ育ちのハーフの日系人だし 母はアメリカ人・・・
だから この容姿について疑問ももたなかったのよ 」
「 そう ・・・ ご両親は愛してくださったのね 」
「 ええ とても。 とても大事に育ててくれたの。
赤ちゃんの頃からの写真もいっぱいあったし ・・・
・・・ だから 真実を知った時 物凄く悲しかった ・・・ 」
「 ステキなご両親なのね。 愛してる? 」
「 もちろん。 だから ・・・ 悲しいの ・・・
そんな時に あの手紙が 来て ・・・ 」
「 いいのよ 言わなくても 」
「 ・・・・ 」
きゅ。 きゅうう〜〜
握った手は 今度は強く握り返された。
「 ― ね? 海岸の方に出てみない? 絶景ポイントがあるの 」
「 ご案内してくださいな 」
「 こっちよ! 本当の冬が来る前にお見せしたいの 」
「 ・・・ 本当の冬 ・・・ 」
「 ええ。 厳しいけれど 優しい季節 よ
この辺り、冬には 空も海も真っ青に染まるわ 」
「 空も 海も ・・・?
本当の冬 は なにもかも凍てつかせたりはしないのね 」
「 氷った海原の下って 案外温かいんですって 」
「 海が ・・・ みたいわ 」
「 行きましょ? こっちよ 」
金髪とブルネットの娘たちは 手を取りあって坂を
降りていった。
世界を襲った異常気象の冬に その娘はギルモア邸にやってきた。
世界中が凍てつき始め 連日凍死や餓死の事件がニュースで伝えられ
人々は恐れ慄き 自分の巣に引きこもった。
この国でも深刻な状況になり始め 比較的温暖なこの地域でも
陰鬱な空模様が続いていた。
「 ― 誰か 来るわ。 」
リビングで突然 003が声を上げた。
「 誰か って 誰だい 」
009は 読んでいた雑誌から顔を上げる。
「 わからない。 でも高級車だわ ・・・
あ 女性? 若い女性が運転している ・・・ ミンクのコート ! 」
「 へ?? なんでそんなヒトがここに来るのかなあ 」
「 ・・・ 思いつめた表情よ とても とても ・・
ジョー 門のセキュリティを解除してあげて 」
「 ― 武器は ないね? 」
「 ・・・ ええ。 若い女性 ・・・欧米系の容姿ね
ああ キレイな方 ・・・ 」
「 ロック解除したよ。 」
ぴんぽ〜〜〜ん ・・・
ジョーの言葉とほとんど同時に 訪問のチャイムが鳴った。
「 でるわ。 いい? 」
「 ああ。 ばっちり後ろで待機してるから 」
「 ― ありがとう。 はい どなたですか 」
フランソワーズは 強いて明るい声で答え玄関に急いだ。
「 突然 失礼いたします。
私 栗島安奈と申しますが ドクター・ギルモアは
ご在宅でしょうか 」
流暢な、いや ごく自然の普通の日本人女性の声が聞こえる。
「 ミズ・クリシマ? 少々お待ちください 」
インターフォンを切って 彼女は振り返る。
「 ジョー。 博士にお伝えして ・・・
わたしは 彼女を応接間に通すわ 」
「 大丈夫かい 」
「 ええ。 普通の ごく普通の若い女性よ。
武器は・・・護身用も含めて なにももっていないわ 」
「 そうか ・・・ 気をつけて 」
「 ええ どうぞ〜〜 」
彼女は明るい声を送り 玄関のドアを開けた。
初めまして ・・・ あのう 私 栗島安奈と申します。
ドアの前で ブルネットの女性がとても丁寧に頭を下げた。
「 ミズ・クリシマ どうぞ お入りくださいな 」
「 あのう ・・・ ドクター・ギルモア は 」
「 今 呼びに行っています。 どうぞ?
この寒さで 大変でしたでしょう? 」
「 ・・・ 」
安奈嬢は ためらいがちに玄関に入ってきた。
豪奢な ・・・ 年齢には似合わない毛皮のコートを羽織っている。
「 ・・・ まあ 温かそうですね 」
「 ・・・ このコート ・・・ 母の若い頃のものなんですって。
外出する と言ったら無理矢理着せられました ・・・ 」
「 凍えるといけないから お母様のご愛情ね 」
「 もう心配性で ・・・ 母が自分で送ってゆく、と
きかなかったのですが 父が止めてくれました。 」
「 お父様が? 」
「 はい。 父は お前自身で確かめておいで って
」
「 ― 確かめる ・・・? 」
「 はい。 」
「 それは ワシの務めだ。 」
「 博士?? 」
いつのまにか応接間のドアの前に ギルモア博士が立っていた。
「 博士 ・・・ あの 御客さまです。
ミズ・クリシマ とおっしゃっています 」
「 ・・・ ようこそ ミズ 」
博士は ゆっくりとこの若い訪問者に近づいてきて
大きな手を差し伸べた。
あら。
やっぱり博士はご存知なのかしら
・・・ この方 ・・・
誰かに似た雰囲気なのよねえ
う〜〜ん ・・・?
フランソワーズは静かに見守っていたが 観察眼はくもらせることはない。
栗島嬢は おずおずと握手に応じた。
「 ・・・ あのう 栗島安奈 といいます。
ギルモア博士 でいらっしゃいますか 」
「 いかにも。 さあ どうぞおかけなさい。
外は寒かったでしょう? 」
「 はい ・・・ ありがとうございます。 」
「 あ ごめんなさい! お寒かったですよね
今 熱いお茶をお持ちしますね ! 」
フランソワーズは 慌てて風にしてさり気なく席を外した。
カチャ カチャ −−−
意識して茶器の音をたてつつ 応接間にティー・セットのワゴンを
おしてゆく。
「 フラン。 あの御客さん さ? 」
「 ええ 博士はどうもご存知のようね 」
「 二人きりにして ― 大丈夫かなあ 」
「 普通のお嬢さんよ? それも かなりのお家の・・・
服やら身につけているものは趣味のいい高級品ばかり。
話し方や言葉使いも ちゃんとしたお家のお嬢さんのようよ 」
「 へ え ・・ そんなヒトがどうして?
それも博士に会いにきたいのかな 」
「 さあ ・・・ 」
「 それで ― ? 」
ジョーは 言葉を切って応接間のドアを指さした。
「 ううん。 プライベートな御客さまでしょう?
< 聴く > のは失礼だわ 」
「 ・・・ ああ まあ そうだけど さ
これから お茶? 」
「 そうなの。 アップル・シード・ケーキ、焼いてあるから 」
「 あ〜〜〜〜 ぼくも食べたいなあ 」
「 ちゃんと取ってありますってば。 ― 失礼します 」
コンコンコン 大きくドアをノックした。
「 ― ああ フランソワーズ。 ジョーにも入ってもらってくれ 」
博士が ドアの向こうから声をかけてくれた。
「 ですって。 どうぞ 」
「 えへ・・・ 聞こえたかなあ あ ぼくがワゴン 押すよ 」
「 ありがと。 あ ポット、熱いから気をつけてね 」
「 了解〜〜 失礼しまあす 」
ほどよく暖房の利いた部屋で 和やかなはず ― のティー・タイムなのだが。
ブルネットの娘は 腫れぼったい眼を気にしていた。
「 どうぞ 熱いお茶を ・・・ 」
ジョーはワゴンを押し、フランソワーズはテーブルをセットし始めた。
「 おお ありがとうよ ミズ・クリシマ?
こちらは ジョー・シマムラ。 ワシが後見している若者です。
フランソワーズと彼が 今のワシの家族ですよ 」
「 はじめまして ・・・ 」
博士は明朗に二人を紹介し 栗島嬢も淡い笑みを浮かべた。
「 このお嬢さんから重大な情報を提供してもらったよ 」
「 重大な情報? あ それってこの異常気象の件について ですか 」
さすがに ジョーはすぐに反応した。
「 うむ。 そもそもの原因を突き止めんとな。
非常に興味深い位置情報を提供してくださったのじゃ。
とにかく このままでは ― 世界は凍壊死してしまう 」
「 あの! こちらの皆さんにもお話してください。
その情報を私に送ってきたのは < オマエの母 > だと・・・ 」
栗島嬢は 表情を歪めていたが 泣いてはいない。
「 もしかしたら 私の本当の母が ・・・ 」
「 今は なにもわからないわ。
博士。 皆を拾って その問題の場所へ調査に行きましょう。
ジョー ドルフィン号の準備して 」
「 あ〜 え・・・っと。 博士? 」
ジョーは 援けを求める視線を博士に送った。
博士〜〜〜〜
フランを止められるのは
博士だけですよぉ〜〜〜
日常生活とは無縁の、所謂彼らのミッションに関する場合、
003は < 言い出したらきかない > 。
初っ端から突っ走る彼女に ジョー達は多少辟易しつつ追い掛けてゆくのだが
― やがて 彼女の初期判断の正確さ・的確さに舌を巻く。
「 う〜〜ん やっぱりきみが正しかったね〜〜 すごいな〜〜 」
「 え?? なんのこと 」
「 ・・・だからさ 最初の判断が 」
「 あら そうだったかしら? 忘れちゃったわぁ〜〜
さあ 帰りましょう! ウチの花壇が心配よ 」
「 あ ・・・ ああ うん 」
< 帰り > も 先頭で突っ走ってゆく彼女を ジョーはあたふた・・・
追い掛けるのだ。
ふう ・・・
ま これも彼女の才能 なのかなあ
しっかし この直感はスゴイよぉ
ミッションの度に ジョーはいつもいつもため息吐息 なのであるが。
今回はあまりに唐突なので 博士に期待? をかけたのだが。
「 ― うむ。 実はな ドルフィンの整備は完了しておる。
発動はいつでも可能じゃ 」
「 え ・・・ 」
「 まあ さすが博士! あ わたし 皆に連絡しますね 」
「 たのむよ。 ああ このお嬢さんをご自宅にお送りしておくれ。」
「 はい ぼくが引き受けます。 さあ お嬢さん? 」
「 いいえ。 ご一緒させてください 」
今まで口を閉ざしていた栗島嬢は 敢然として言い放った。
「 え ・・・ あのう ぼく達はこれから そのう・・・・
とても危険な旅にでるので ・・」
「 そうなんです。 きっと貴女が持ってきてくださった情報の
おかげでしょうけれど ・・・ 若い女性には無理です 」
栗島嬢は 二人の発言者に真正面から向き合った。
「 ミスタ・シマムラ。 危険は承知の上 です 」
「 フランソワーズさん。 決して足手纏いにはなりません。
私が原因となれば どうぞ 見捨ててくださって結構ですわ 」
「「 ・・・ え ・・・ っと 」」
博士は 思わず顔を見合わせ 絶句してる二人の肩に両手を預けた。
「 では ― 一緒に出発じゃ。 」
「「 !!?? 」」
「 ジョー いや 009。 ドルフィン号を稼働させよ。
003、全員に連絡を。 」
「「 はい 」」
二人はすぐに切り替え ― 応接間の雰囲気は一変した。
ジョーは 会釈をすると す・・・っと出てゆく。
フランソワーズも手早く テーブルの上を片づけ始めた。
「 ― お手伝いします 」
ごく自然に 栗島嬢は手を貸してくれた。
「 あ ありがとう ・・・ 」
博士はそんな二人を眺めていたが ― ゆっくりと頷いた。
「 ― それでは ・・・ フランソワ―ズ、 お嬢さんに
防寒服を用意してくれ 」
「 はい。 防護服レベルのものを・・・ 」
「 うむ 」
「 あの。 < お嬢さん > ではなく 安奈 と呼んでください 」
「 アンナ さん? 」
「 アンナ で結構です。 掃除くらい できます! 」
「 まあ よろしくね。 もうねえ ムサいオトコ所帯で・・・
大変なの〜〜 汚くて ・・・ 笑わないでね? 」
「 いいえ 笑ったりしません。
あの・・・ 私 ずっと一人娘で育ってきたので
姉妹って憧れなんです。 あのう ・・・ 」
「 まあ 嬉しいわ。 周りはオトコばっかりで ―
そりゃ皆、気のいいヤツらなんだけど。
でもね〜〜 やっぱり女子トークとか したいのね 」
「 そうですよね! 」
「 厳しい旅になると思うけど ― こっそりお茶、しましょうね 」
「 はい♪ 」
娘たちが二人 クスクス ひそひそ ・・・ くっつき合っているのを
博士は モニター越しににこにこ眺めていた。
― 数時間後 ドルフィン号は潜航したままひっそりと
ギルモア邸を離れていった。
ゴーーーーーー ーーーーー
低いエンジン音と微かな揺れが続いている。
ドルフィン号は 指針を極北に取り雪混じりの風の中を驀進している。
障害物も少ない地域でもあり、自動操縦に切り替え
パイロットを務める 002 と 009 は休憩に入った。
コクピットに残るは 003 008 博士、 そして アンナで
彼らを取り巻く空気も少し リラックスしてきた。
「 アイヤ〜〜〜 皆はん お茶アルね〜〜〜
まずは腹ごしらえから やで! 」
丸まっちい料理人が 熱々のお茶と点心をいくつか運んできた。
「 あらあ〜〜 嬉しい!
あ これ 桃饅ね? きゃ 大好き♪ 」
「 へえ ・・・ 僕はこの胡麻クッキーだな 」
ピュンマも笑顔で手を伸ばす。
「 アンナさんも どうぞ? 」
「 いいのですか? 」
「 嬢や〜 たんと食べな あかん。 ええな? 」
「 はい。 私も胡麻クッキー 頂きます 」
「 ほっほ〜〜 うれしなあ〜
ギルモア先生、 お好きな月餅でっせ〜 」
「 おお ありがとう。 これはいい・・・ 」
美味しそうな香りで コクピットは <いつものリビング> に
変わり だれもが表情を緩めている。
「 ふふふ 食べ物の効果ってすごいわね 」
「 そうですね 美味しい♪ 」
「 ね! 僕もさあ この胡麻クッキー 大好物なんだ 」
「 胡麻ってスゴイですよねえ 」
「 ウン。 僕の国でもね、栽培を進めているんだ 」
「 お国はどちらですか 」
「 あ〜〜 アフリカのさ あ 地図でみせるよ 」
「 え どこ? 私 ケープタウンには行ったことがあります 」
「 へえ〜〜 若いお嬢さんがすごいなあ〜〜
あ ほら ここ 」
「 え ・・・ あらなんだか涼しそう? 」
「 あは かなりの高地なんだ 」
「 まぁ そうなんですか 避暑地みたい 」
「 こういう気候の所で 胡麻とか栽培しているんだ 」
ピュンマとアンナは肩を並べてモニターを覗き 笑い合う。
ふうん・・・
なんかいい雰囲気じゃない ?
ピュンマと気が合う ってすごいわあ
アンナさん ― 物凄くアタマがいいヒト
フランソワーズは ジャスミン・ティの湯気の間から
のんびり二人を眺めている。
「 あ〜〜 いい匂いする〜〜 」
ジョーが ふらり、とコクピットに入ってきた。
「 あらあ〜 絶妙のタイミングでお目覚めねえ〜〜 」
「 へへへ ・・・ 腹がへっては〜〜 さ。
あ 肉饅 頂き〜〜〜 」
彼は 長い指でひょい、と肉饅を摘み上げる。
「 ほっほ〜〜 ジョーはん まだありまっせ〜〜〜
ん? アメリカン・ボーイはどないしてん? 」
「 が〜が〜寝てる。
休憩に入った途端に ずっとゲームやってたけど限界だったみたいでさ
寝落ちした。 」
「 は〜〜ん ・・・ ま ドーナッツでん、用意しときまっさ 」
「 あ ・・・ ぼくも食べたいなあ〜 」
「 ジョーってば 食べ過ぎよ 」
「 え そうかなあ あ アンナさん、顔色 よくなったね 」
「 ( ジョー ! ) 」
フランソワーズの肘テツが 彼を突いた。
「 ( 痛 ! なんだよ〜〜 ) 」
「 ( ジャマしちゃ ダメでしょ ) 」
「 ( は? ・・・ あ〜〜〜 こりゃ オジャマしました ) 」
二人で目線の会話を交わし ジョーはコンソール盤の側に退散した。
「 アルベルトは? 」
「 もうすぐ起きてくるでしょ。 時間厳守 だから 」
「 あ〜 そうだねえ 彼の行動は アラーム代わり だよね 」
「 ふふふ ジェットには理解不能らしいわよ 」
「 ぼくも さ ・・・ 」
「 ああ 外はずっと吹雪なんですね 大丈夫なんですか 」
アンナがパイロット席まで やってきた。 大きな窓から前方を眺めている。
「 うん? ああ この程度なら全然平気なんだ。
ドルフィン号自体が 高性能のAIだからね 」
「 まあ すごい ・・・ 」
「 この船は ・・・ まあ いろいろやらなくちゃならないから 」
「 え これ・・・船 なんですか? 」
「 あ〜〜 水陸空オール・マイティ かなあ 」
「 へえ すごい 」
「 ― いろいろなコトをしないで済めば 最良なんだけど さ。 」
「 そう ・・・ ですね ・・・
でも ― 私の < 母 > と名乗るヒトが元凶なのかも・・・ 」
「 それは ― まだわからないでしょう? 」
「 そうだよ。 それを調査するために これから北へ行くんだ 」
「 ・・・ そうです ね 」
アンナは物憂げな様子で じっと白い闇を見つめている。
「 あ ・・・ 寒くない? 室温、上げましょうか? 」
彼女の冴えない顔色をフランソワーズは ずっときにかけていた。
「 あ いえ。 大丈夫です。 あの この服、とても温かいです。
うすい素材なのにすごい ・・・ 」
アンナは 借り着のパンツ・スーツを触ったり引っ張ったしている。
「 ふふふ すごいでしょう? わたし達のこの派手〜〜な服と
似た素材なの。 」
「 そうなですか 凄いですねえ 」
「 でもね 貴女のお母様が選んでくださったお洋服と
毛皮のコートが一番 お似合いよ 」
「 え ・・・ あ はい ・・・ そうですか
ウレシイです 」
「 優しいお母様なのね 」
「 はい。 父も母も ・・・ なんかもう恥ずかしいくらい・・・
小さい頃から そう 溺愛っていうんですか? 」
「 ステキね 」
「 でもね 厳しいところもあって ― 門限を破ったら本気で怒られて
・・・ 本当に怖かったし。
だから 実の父母だって疑ったこともなかったんです 」
「 ・・・ そう ・・・ 」
「 それが。 ハイ・スクールに入ったときに
アンナももう大人なんだから 知る権利がある って ― 」
「 ショックだったでしょう ・・・? 」
「 初めは信じられませんでした ・・・
でも 本当だった ― 3日間 泣き通しました 」
「 それでも あなたは立ち直ったのね 」
フランソワーズは そっと彼女を抱きしめた。
涙が お互いの服を濡らしている。
「 ・・・ はい ・・・ 」
「 それはきっと ご両親の愛のおかげ、でしょう? 」
「 はい。 」
顔を上げたとき、アンナは淡いけれど微笑んでいた。
「 ― 養女だって知らされた後も 父母は変わりなく愛してくれましたし
栗島家の一人娘として大事にされています ・・・
本当に栗島の父母には ― 感謝とか尊敬とか を超えて
愛しているんです。 私のパパとママだって胸を張っていえます。 」
「 そう ・・・あなた とても素敵だわ 」
「 ・・・ でも ・・・ 気になってて
私の本当の親は ― 本当の親は 誰 ・・・? 」
彼女のコトバは途切れ勝ちだ。
・・・・ ああ そうか ・・・
うん そうだよね ―
いつもどこかで 気になっているんだ
自分は 本当は誰なんだ って
ジョーは 彼女の様子が気になって仕方がない。
二人の会話に入ってはいけない、と思うのだが離れることができないのだ。
彼は ゆっくりと彼女らの側に行った。
「 だから。 あの手紙が来た時に ・・・ 」
「 博士を訪ねていらしたのね ? 」
「 ― はい・・・ 」
「 アンナさん。 君の行動は当然のことだと思う。
君は ― 勇気もあるんだね 」
「 え? ・・・ えっと・・・ ジョーさん? 」
「 ジョー でいいよ。 ぼくも施設育ちさ。
でも ― 実の親を探して 真実を知る勇気は ― ないんだ 」
「 ・・・ それでいいと思います。 」
「 アンナさん 」
「 皆 事情が違うと思います。 正しいとか正しくない とかじゃなくて 」
「 アンナさん。 貴女は本当に素晴らしい方ですね 」
「 いえいえ・・・ 父母がそう育ててくれたから ・・・
そんな大切な両親がいるのに − 本当の親を知りたい なんて
・・・ 最低ですよね 私。 」
「 そんなことはないよ アンナさん 」
博士がゆっくりと口を挟んだ。
「 え ― 」
「 貴女と会って 顔を見て すぐにわかった ―
お持ちになったメモを見て 確信した。
貴女の母上は ジュリア・マノーダ博士 ですじゃ。 」
・・・ その場にいた全員が 息を呑み沈黙した。
「 ― あの。 おかあさん ・・・ 母は 綺麗なヒト でした? 」
固まった空気を 打ち破るみたいに アンナの細い声が訊く。
「 ああ・・・ 優秀で素晴らしく美しい女性だったよ ・・・ 」
「 そう なんですか あの ・・・ いつ母と? 」
「 ・・・ それは ・・・ 大学で な。
同じゼミから修士に進んだので ・・・ 」
「 そうですか ・・・ 」
「 とてもとても優秀な女性じゃったなあ 卒業後は帰国なさったらしい。
その後 ― ある組織で再会した ・・・ 」
「 ジュリア ・ マノーダ ・・・ 」
アンナは 初めて聞く、その名前を繰り返している。
ある組織 ???
それって ― BG ・・・ !
サイボーグ達は 顔を強張らせ口を閉ざす。
ゴ −−−−−−−−−
ドルフィン号は 極北の地を目指し ひたすら吹雪の中を進んでゆく。
Last updated : 12.06.2022.
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********* 途中ですが
原作 あのお話 の ハッピーエンド版 です。
・・・ だってあのお話 救いがなさすぎません?